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「損得」という価値観について

どーもこんばんは!カリパイです。

気が付けばもう3月になってましたね。

日本では花粉が飛び散らかっていることでしょう。

ふぅ~考えただけでも恐ろしや。

わたくし、バリバリ花粉症ですので、日本の今の時期は地獄です笑

 

ここセブ島では花粉症の症状がでないんですよ。

花粉が飛んでない?

詳しいことは分かりませんが、とにかくありがたいですね。

 

さて、今回はちょっとまどろっこしい話。

最近考えていたことを文章にしてみようかと思います。

それは「損得(そんとく)」という価値観についてです。

 

物事を判断する価値観というか基準の一つに「損得」ってありますよね。

それは得なのか、それとも損なのか。

 

何かの活動の結果として「損した」「得した」というのは分かりやすいです。

例えば、投資で「損した」「得した」のように、自分の資金の増減を表す際に用いる表現。

また、「こんなに美味しいものを食べることができて得した気分!」のように、自分の満足度を表す際にも用いることがあるでしょう。

 

このように、結果に対して自分なりの評価を下す際、それが利益になっているのか、はたまた不利益を被ったのか。

これらを「損した」「得した」と表現しますね。

 

もう一つ、別の使われ方があります。

それは、「損得勘定」という表現です。

例えばこんな感じ。

  • Aさんは損得勘定で動く人だ
  • ○○さんとは損得勘定抜きで付き合いたい

こういった話はよくありますよね。

ちなみに「損得勘定」とは、自分の利害を指標として物事をとらえること。

つまり、自分にとってそれが得なのか損なのかという点がポイントになります。

 

自分にとって得になる場合、得するわけですからうれしいですよね。

やったぜ!得したぜ!と小躍りするかもしれません。

ですが、人間関係においてこの損得勘定を考えてみると、得した人がいれば、その一方で損した人がいることになります。

商売で考えればこれは当然のことかもしれませんね。

誰かの損がある上で他方が得をし、利益を上げるみたいな。

商売には明るくないので、間違ったとらえ方をしていたらゴメンナサイ。

だれかの損がだれかの得になるという仕組みではなく、何かを消費した際の感謝や感動の対価(支払いなど)が、結果的に他方の得になっているのが最高の形なんじゃないかと個人的には思ってます。

 

なので、人間関係で考えた場合、一方が得をすれば他方は損をする。

得をしている人がいれば、その一方では損をしている人がいる。

こういう人間関係は、好きじゃないですね。

自分はこういう関係になりそうな人とは関わらないようにしています。

それは、日本人だろうがフィリピン人だろうが同じです。

 

では、相手が損得勘定の人かどうかをどうやって見分けるのか。

それはズバリ、もし自分が「損している」と感じているのなら、相手は間違いなく得してます。

逆に自分が得している!と感じているのなら、相手が損している可能性が高いです。

こんなことを感じる相手とは、損得勘定で関係が作られているでしょう。

距離を置いた方が正解です。長続きしませんしね。

 

まぁ「そんなものはキレイ事だ!」という人もいるでしょう。

人それぞれ価値観は違うので、それはそれでいいんじゃないですか。

でも今までの自分を振り返ってみると、結局のところ損得勘定抜きで付き合える人とは、長い付き合いになっています。

だから何?って話ですけどね笑

 

とまぁこんな感じで、今回は頭の中でモヤモヤ考えていたことを文章にしてみました。

ちょっと考えがまとまっていない気もしますが、気にしない気にしない。

ではでは。

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